『すきまのあるクリスマス』




11月最後の日曜日から教会は「アドベント」に入りました。 「アドベント」は救い主の到来を待ち望んでいた旧約聖書の人々の歩みにならい、祈りながら過ごすクリスマスまでの約4週間です。 アメリカではちょうどサンクスギビングからクリスマスシーズンになりますから、ちょうどその期間と重なるのですが、どちらかというと祈りながら過ごす、というよりは、忙しいショッピングシーズンというイメージが強いようです。
教会の牧師である私は、「クリスマスは一年の中で一番多くの人々にキリストのことを伝えるチャンスだ!」と意気込んでしまいます。ですから、こんなプログラムもやりたい、こんなプログラムはどうだろうか、と自然にいろんなことを考えます。 次から次へとアイディアが浮かんできます。 もう、ふつふつ、ぶくぶく、沸いてきます。もちろん、去年やって良かったことはまた今年もやりたいと思うのが人間です。 そして、気がついてみると、また一年の中で一番忙しいシーズンになってしまうのです。気をつけなければいけない、と思います。
もう何年も前に一度このニュースレターでご紹介した言葉を思い出しました。
「現代人には沈黙ということが欠けているのではないでしょうか。自分の生活の主導権を失い、出来事に引きずられて生きている。 時計とにらめっこの生活ですね。 色々な方が私に会いに来られますが、それは、私の中に安らいだ人間、話を聞いてくれてあとの時間のことを気にかけない人間を見るからではないかと思います。 毎日の生活が卵の中のように一杯つまっていたら、何も入れる余地はないし、神ですらそこに何も入れることができないでしょう。 ですから、生活の中にすきまをつくることが大切になるんです。」 (ポール・トゥルニエ著・山口實訳「人生を変えるもの」1987年ヨルダン社刊)
わたしたちは何かを「している」ことによってほっとする部分もあるんですね。何かしていないと「悪いことをしている」みたいな。だから、どんどん忙しくなっていく。 私はいろんな方々に教会に来て頂きたいなあ、と思って、ちょっと隙間があると、「この時間にこんなことできないかなあ」といろんなことを考えるのですが、トゥルニエによると、そういう忙しい人ではなくて、「あとの時間のことを気にかけない人間」のところに人々は集まってくるんですね。
イエスもそのような時を大切にしました。聖書のあちらこちらに、イエスが時間を作って祈り、人々が来た時には話をしたり、求めに答えたりしている姿が描かれています。
わたしたちも今年のアドベント、プログラムに振り回されるのではなく、忙しさに飲み込まれることなく、祈りつつ、生活の中のすきまを守りつつ、人とのつながりを大切にして、過ごしていきましょう。

「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように。」
(ルカによる福音書2章14節)

月報2005年12月号より


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