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 早いもので、今年ももうサンクスギビングが近づいてきました。
 すっかり「年中行事」として、アメリカの社会の中で定着しているサンクスギビング(感謝祭)。よく、ヨーロッパから海を渡って移住して来た人々への原住民の愛と協力への感謝が始まりだったと説明されますが、もちろん、天候に左右されやすい農作物の収穫感謝を神にささげる時でもあったでしょう。今でも干ばつや洪水で収穫は大きく左右されるでしょうが、当時は本当に死活問題だったと思います。自分の力ではどうにもならない天候を守り、収穫を与えてくださった神への感謝はどれだけ大きかっただろうかと思います。
 技術の発達で、私たちはかなりの部分を自分でコントロールしているつもりになっています。明確なビジョンを掲げ、計画を立て、それを実行に移し、実績を上げていくのが優秀なリーダーであると考えられています。しかし、本当に私たちがコントロールできるものはどれほどあるのでしょうか?

 私は「三度の飯よりも・・・」というと大げさかもしれませんが、天気予報が大好きです。気象現象の奥の深さには驚かされることばかりです。天気予報は外れるとかなり苦情が寄せられるようですが、外れるのは当たり前です。精度は確かに上がってきているように思いますが、三日後の天気などまだまだわからないものです。地震予測などはもっと難しいでしょう。

 予想するのも難しいのに、コントロールはできるはずがありません。考えてみると、神が造られたこの世界、私たちはこれをコントロールするのではなく、管理することを任されたのです。

 聖書は人間の一番の問題は、「自分が神になろうとする」ことであると言っています。

 創世記の3章で、アダムとイブが禁断の木の実を食べた時にも、誘惑の言葉は「あなたはこの木の実を食べたら、神のようになるんだよ」というものでした。
 11章のバベルの塔の記事の中でも、人々は、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう」と言っています。

 私たちもいろんなこと、自分でコントロールしようとしていないでしょうか?仕事でも、家庭でも、人間関係でも、一生懸命肩に力を入れてコントロールしようとしていることはありませんか?教会では、よく「神の手に委ねる」という言葉が使われます。自分で何とかしなければいけないと思いこんで、背負い込んでいる重荷を下ろして、神に任せてみませんか?そんなときに、不思議と道が開かれてくるものです。

 今年のサンクスギビングの時、謙虚な心で、私たちを守り導いてくださった神様に心からの感謝をささげる時としましょう。教会では、18日(日)午後1時半よりサンクスギビングの礼拝を、引き続いて、愛餐会をもちます。どなたでも歓迎です。是非、お出かけください。お待ちしております。

「主のみまえにへりくだれ、そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。」
(ヤコブの手紙4章10節)


(錦織 学)

月報2007年11月号より


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