「『ホッ』とするだけでなく・・・」
 少し前のことになりますが、8月20日は教会堂を使わせていただいているザイオン・ルーテル教会との合同礼拝になりました。日本語教会がスタートして12年余りですが、初めてのことだそうです。
 ことの発端は、1ヶ月ほど前にザイオン教会から「20日の日曜日は午後ピクニックをするので、日本語の礼拝は午後4時からにしてくださいませんか?それから、午前11時からのピクニックにも来て下さいませんか?」というお誘いでした。「午後4時は少し難しいだろう、翌日からJOYJOYキャンプもあるし・・・」ということで、「朝9時からの英語礼拝に合流していいでしょうか?」と逆提案させていただきました。「もちろん!」とそれをとても喜んでくださったザイオン教会の皆さんは、またまた「英語と日本語のバイリンガルにしましょう」とのお誘いをくださったのです。
 礼拝堂には夏のバケーションシーズンにもかかわらず、あふれんばかりの人々が集まり、英語と日本語でいっしょに賛美歌を歌い、英語の説教を通訳付きで15分、それから日本語の説教を英語への通訳付きでまた15分。共に礼拝を守りながら、「ああ、私達はこの方々に受け入れられているんだ」ということを肌で実感する時となりました。ザイオン教会の皆さんは12年間も大切な教会堂を私達に使わせてくださっているのですから、それだけでも十分私達を受け入れてくださっている、と言うことができるでしょう。しかし、いっしょに賛美歌を歌っているときほど、その「受け入れられている」ということを強く感じたことはありませんでした。
 あれから、1ヶ月、今でもザイオン教会の皆さんにお会いすると「あれはすばらしかったねえ。また来年もやろうねえ」「何言ってんだい、これから毎年だよ!」という話になります。うれしいことです。
 どんなに英語が達者な方であっても、成人してから渡米された方はやはり英語を話すときに「構える」のではないでしょうか?自分では気がつかないうちに緊張して生きているのです。そんな毎日を送っている中で週に1度日本語教会に集まり日本語で聖書のメッセージを聞き、日本語で賛美歌を歌うことは心のリフレッシュのためにもとてもすばらしいことだと思います。アトランタの日本語教会に出席していた時は(私自身学生で週6日は英語で本を読み、レポートを書き、他の学生と討論していたので・・・)、日曜日には日本語教会に行って、アメリカ人の牧師夫妻に日本語で「よくいらっしゃいました!」と迎えられて、大げさに聞こえるかもしれませんが、本当に「魂のふるさと」に帰ってきたような気がしたものでした。また、英語の教会に出席されていて、「雰囲気は好きなんだけど、何を言っているかわからなくて・・・」と日本語教会に来られるようになる方もたくさんおられます。そういう意味で日本語教会の使命は本当に大きいと思います。しかしその一方で、日本語が使えて「ホッ」とするのはいいのですが、そこに安住して、日本語を使う人たちだけが集まって、外の世界とは没交渉、日本の教会をそのままそっくりアメリカに運んできただけ、「ちょっと浮いている」という感じになる危険もあると思います。こんなにアメリカの人々に受け入れられていながら、どうして自分達の方から逃げていいでしょうか?今回のザイオン教会との合同礼拝が突破口となって、更に私達の教会が外に眼を向けることができれば、と思います。日本語で「ホッ」として、その上に聖書のメッセージで慰められて更に「ホッ」として、「ホッ」とした私達がそこに座り込んでしまうのではなくて、教会全体として、またひとりひとりが立ち上がって、外に出て行くことが大切なのではないでしょうか?
 私達の教会は日本語で活動することを大きなひとつの使命としています。それは間違いありません。けれどもそれと共にこのアメリカという国の中で、生かされている教会です。この地に生きている方々から学び、共に生きていく使命があります。日本語以外の方々との関係も豊かにされていくように、と心から祈っています。
 「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ。」
(新約聖書・マルコによる福音書12章31節)
月報2000年10月号“牧師室から”