「心の叫びを聞く」


「『教会のキャンプがつまらない』なんて言わせない!」「とにかく安全に!とにかく楽しく!」ということにこだわって11年、JOYJOYキャンプを続けてきました。毎年、毎年、「もっと神様のことを話せばよかったかなあ」と反省するのですが、「JOYJOYキャンプには教会に来たことのない子もたくさん来るし、とにかく教会の入り口のキャンプだから・・・」と思って「楽しい中でいかに子供たちに神様の話をするか」に腐心してきたように思います。

でも、今年はちょっと違いました。「ワンダー博士の大冒険」というテーマで、すごく(?)楽しい、すごく(?)びっくりする、いろんな実験をしながら、「これも不思議だねえ、でも、世界で一番のワンダーは神様が僕たちを愛して、一人子イエスさまを与えてくださって、イエスさまの十字架で私たちの罪を赦してくれる、ということなんだよ」ということを伝えたいと思いました。

そして、その中で、「聖書のお話」の後、JOYJOYキャンプの12回の歴史の中で初めて、「もしも、お祈りしたいことや、先生と話したいことがある人は向こうの部屋に来てね」とアピールをして、個人的に話をしたり、お祈りをする時を持ちました。実はそれほど多くの子たちがそれに応答するとは思っていなかったのですが、最初にアピールをした2日目から、たくさんの子供たちがそれに応えてお祈りに来てくれました。そして、それから毎日、「今日はお祈りする時はないの?」「ボクはあの先生とお話がしたい」と子供たちの方から、その時間を楽しみにしてくるようになりました。

私も何人かの子供たちと個人的に話をしたり、お祈りをしたりする中で、私たちが考えているよりも、子供たちはこのような時を求めている。話を聞いてくれたり、一緒にお祈りをしてくれる大人を求めている、ということを感じました。

今まで、教会学校の先生方にも、中高生のスタッフにも、「みんなの前で堂々と上手に話をしたり、ゲームを指導したりできる」ことを要求してきたように思いますが、それよりも、もっともっと大切なのは、個人的に、人の話を聞ける、また、この人になら話してみようかな、と思わせるような雰囲気を身につける、ことなんだ、と思わされています。

大人のお互いもそうですよね。人前で何ができるか、どんなパフォーマンスができるか、よりも、人目につかなくても、目立たない働きでも、人の話を聞いて、共に祈ることができるか、そんな雰囲気を身につけているか、大切なような気がします。教会の中でも、そして、外に向かっても、そのような働きが広がって行くようにと願います。

「人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。」ヤコブ1:19


(錦織 学)

月報2007年9月号より


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