私は早足の方です。おそらく。
4歳から22歳までずっと東京の下町で育ち、高校、大学と東京の地下鉄で通っていたので、人混みには慣れていましたし、人の波を縫って歩くことに自信もありました。アメリカに来て14年。人混みとは縁遠い生活をしていますが、今年からNY面談日と称して、月に1回、バスでニューヨークに出て、一日を過ごします。地下鉄で動いたり、ミッドタウンを歩いたり、「にわかニューヨーカー」をやります。その時にはちょっと人混みに閉口しながらも、昔取った杵柄とばかりに、人混みをすり抜けるようにすいすいと早足で歩きます。
今月のNYの面談日には、1人のご婦人と少しNYを歩くことがありました。親の世代の上品なご婦人。お話ししながら街を歩く中に、意識して歩き方を合わせることの大切さを感じていました。
9月の2日から4日にはNJ州内の少し南に行ったところにあるホテルで、この地域の日本語教会と合同の「ファミリーキャンプ」があります。2年近く前から楽しみに待ち望んでいた集まりですが、その日程の関係で、今年はJOYJOYキャンプを例年よりも1−2週間早くして、8月7−11日に持ちました。とても楽しいキャンプ、子ども達に力をもらって、でも、それを上回るくらいたくさん力を使って、すばらしいキャンプになりました。今年は早くなったので、例年並みだと考えておられた皆さんの中にはそのころにちょうど予定を入れてしまわれた方々もおられたようで、申し訳なくも感じましたが、今ファミリーキャンプまであと一週間という時にこの原稿を書きながら、「早くして本当に良かった」と思っています。
夏休み中なので家庭集会などの集まりもお休みのところが多く、時間に追われることもなく、じっくりとファミリーキャンプの準備をすることもできます。また何よりもうれしいのは、突然相談に来られた方や、お電話を下さった方ともゆっくりとお話をしたり、お祈りをしたりすることもできます。
このコラムで何度「自分の手の中に生活を取り戻そう」「ゆっくり歩こう」と書いたことでしょうか?
しみじみ、その大切さを思わされています。ゆっくりと歩かないと見えてこないものがある。ゆっくりと歩かないと話ができない人がいる。ゆっくりと歩かないと通じない話がある。ゆっくりと歩かないと、感じることのできない人とのつながりがある。そう思います。
「イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。」(ルカによる福音書24章15節)
イエスがそのようにされたように、私たちも周りの誰かと歩き方を合わせながら、歩んでいきたいですね。9月12日から28日は日本を訪問します。一つ一つの出会いが幸いなものとなりますように。
(錦織 学)
月報2006年9月号より
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