無事に帰って参りました。先月の月報では、「まだ帰米できません、お祈りください」とお知らせしたのですが、それからまもなく帰米することができました。お祈りして下さった皆さんに心から感謝してご報告いたします。
その後、8月はJOYJOY Sr.と銘打って、中高生のキャンプ、そして、毎年恒例のJOYJOYキャンプと続きました。両方とも楽しいキャンプとなり、私の方が子供たちからパワーをもらって元気になったような気がします。
でも、この先、ちょっとコワイことがあります。
次の文章を読んで下さい。
「『お帰りなさい。疲れたでしょう』
『どうした?元気がないね』
ネクタイを外しながら、三浦が心配そうに言う。
『ええ、あのね、ミコさんごめんなさいね。クリーニング屋に出した背広、盗まれたんですって』
『ほう、誰に?』
意外なぐらい落ち着いた表情で、三浦は言った。
『ええ、あのね、店員が盗んで逃げたんですって』
『ほう、それはそれは。クリーニング屋で困っていただろう』
案に相違して、三浦は別段落胆した様子はない。逆にクリーニング屋に同情さえしている。こうなるとおかしなもので、三浦の怒らないのがわたしには気に入らない。
『困るのはクリーニング屋より、わたしの方よ、あなた。わたし弁償してくれって言ったのよ。でも、あんないい背広、戻ってこないわよ。』
・・・中略・・・
『聖書には何と書いてある。許してやれと書いてあるだろう。いいかい綾子、許すということは、相手が過失を犯した時でなければ、できないことなんだよ。何のあやまちも犯さないのに、許してやることはできないだろう。だから許してやりなさい。弁償せよなどと、決して言ってはいけないよ』
言われてわたしはシャッポを脱いだ。なるほどと思った。・・・」
三浦綾子著「この土の器をも」文庫版55-57ページ(新潮社、1981年)より
(初版は1970年、主婦の友社発行)
ここで「三浦」とか「ミコさん」と呼ばれている三浦光世氏、「氷点」や「塩狩峠」を世に著わし、1999年秋に天に召されていった三浦綾子さんのご主人の光世さんが、この10月にワシントンDC、フィラデルフィアから、ニューヨークへと巡回されて講演をなさるのです。何がコワイのかって、やはり、わたしも綾子さんと同じで、この上の文章を読んで、光世さんにはシャッポを脱がないではいられないからです。すげーとか、かなわないなー、とか思うからです。すげー人がいると、その方と自分との落差で落ち込むんじゃないか、って思うからです。(まあ、比較の対象にすること自体おこがましいような気もしますが・・・)しかしそれはまた楽しみでもあります。ひとりの人を愛し、支え、それを通して周りの人々に光を放ってきた一人の方にお会いするのはとても楽しみです。そして、その秘訣を少しでも学ぶことができればと思います。
マンハッタンでは10月15日(水)の夜、ニュージャージーでは10月18日(土)の午前中に講演会があります。是非、みなさん今から予定に入れておいて下さい。お待ちしております。
(かきごおり:錦織 学)
月報2003年9月号より