「母の胎を出た時から・・・」
 いきなり私事で恐縮なのですが、私共の家庭に8月21日に次女が与えられました。おかげさまで母子共に元気です。この場をお借りして、お祈りいただいた皆さん、いろいろな形で励まし、支えてくださった皆さんに心から感謝を申し上げます。
 私は「とにかく、夏のJOYJOYキャンプだけは終わってからにしてくれ!」という願いを持っていました。身勝手な思いだったかもしれませんが、周囲に及ぼす影響を考えると、本当にそう思ったのです。その祈りが(子供にも神さまにも)届いて、キャンプが終わって、日曜日が終わって、後片付けも一段落して、翌日の月曜日の夜に病院に入ることになりました。そして、火曜日の早朝に誕生。このことのためにもお祈りしてくださった方々がおられるとお伺いしています。心から感謝をいたします。
 娘が生まれて、4日目の朝に聖書を読んでいるときに目に飛び込んできたのが次の詩篇の言葉です。
 「わたしは生まれるときからあなたに寄り頼みました。あなたはわたしを母の胎から取り出されたかたです。」
(詩篇71篇6節)
 今回、この聖書の言葉を読んで、自分の子供のことよりも、自分自身のことを思わされました。自分が生まれた時に、喜んでくれた親がいた。でも、それだけではなく、自分自身が生まれる瞬間から、母が自分をこの世に生み出したその瞬間から、わたしを取り出し、導き続けてきてくださった神がおられたんだということ思わされたのです。ほかの聖書の個所にはこんな言葉もあります。
 「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。」
(詩篇139篇13節)
 すごく不思議な思いがすると共に、神さまの愛の中にいる喜びを感じます。
 昔、武田鉄也扮する「金八先生」が、生徒たちに向かって、父親の精子と母親の卵子が結びつく確率の低さから、一人一人が本当に大切な存在なんだ、貴重な存在なんだと説いていたのを見て心に感動を覚えたことがありますが、神さまの目から見たら、そんな確率の問題を出すまでもなく、一人一人が本当に大切な存在なのです。そして、神さまは一人一人を特別な存在として造って下さったのです。生まれる前から形造り、生み出されるときにも取り出してくださり、その後も一歩一歩を導いてくださっているのです。そして、この自分もその特別な存在の一人なのです。そして、あなたも…。
 嵐の中を歩んでおられる方もおられるかもしれません、この世の闇のようなところで苦しんでおられる方もおられるでしょうか。けれども、そこでも神さまはあなたを守られるのです。
 「昼はあなたのもの、夜もまたあなたのもの。」
(詩篇74篇16節)
 あなたを造り、あなたをこの地上に生まれさせてくださったお方に信頼して歩んでみませんか?
月報2001年9月号より