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「震われるものと震われないもの」
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| 私たちは誰でも「心の拠り所」というべきものを持っています。まだ日本の景気が良く、アメリカの方が不景気で苦しんでいた頃、ロックフェラーセンターの一角を日本企業が買い取りました。その時、アメリカの人々は危機感を募らせ、「ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが今年からは盆栽になる」というジョークさえ飛び出しました。アメリカ北東部に住んでいるとわかるのですが、ニューヨークのエンパイアステートビル、ワールドトレードセンター、ロックフェラーセンターといった建物は「アメリカの国力」を象徴しているのです。エンパイアステートビルなどは一九三〇年代初めに完成しています。東京タワーより五〇メートルも高い建物が、日本とアメリカとが戦争に入る前、「世界大恐慌」の時代に建てられていることを考えると「戦争に負けて当然」という感じです。 |
| わたしたちにも「これこそがわたしの力を表している」というものがあります。自分の手で稼いできたお金、今まで積み上げてきた業績、のぼりつめた地位、築いてきた温かい家庭、鍛えた健康な体、豊かな才能・・・。そして、それがいつのまにか「自分の心の拠り所」となり、「これがあるからわたしは生きていける」となっていくのです。これらのものは悪いものではありません。こういうものを手にしてはいけないということではないのです。しかし、わたしたちがそれらを絶対的なものであるかのように勘違いをするところに問題があるのです。 |
| イエスが弟子たちとエルサレムを歩いていたとき、弟子たちは立派な神殿を見て圧倒されてしまいました。四〇年以上の年月をかけて造られ、まだ完成していない壮麗な神殿。ユダヤ人の「国力」の象徴でした。しかし、その神殿に感嘆の声を上げる弟子たちに、イエスは「この神殿も徹底的に破壊される日が来る」と言われたのです。 |
| このストーリーは「私たちの心の中のエンパイアステートビル」にもあてはまるのではないでしょうか?私たちがあてにしているもの、自分の力を象徴するものも、やがて取り去られるときが来る、自分の財産も、地位も、能力も、健康も、平和な家庭も、震われるときが来る、崩れ去る時が来る、としたら、わたしたちは何を頼りに生きていけばいいのでしょうか?四〇年、五〇年かけて築き上げてきたものが震われる時がやってきたら、わたしたちはどうするでしょうか?ニュージャージーに住んでいると忘れてしまいますが、カルフォルニアや日本ではしょっちゅう地震があります。このわたしたちが住んでいる「地面」さえも震われるときがあるのです。 |
| イエスは言われました。「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない」(新約聖書・マタイによる福音書二四章三四節)。 |
| この全てのものが相対的だと考えられている時代、道徳的な価値観もさまざまで、「その人が自分でよければいいじゃん」みたいな声が聞こえてきます。何を信じていいのか、何をあてにしていいのかわからなくなっています。今まで自分を支えてきてくれたものが取り去られる苦しみにであっておられる方もおいででしょう。そんな中で、ここに確かなものがあるのです。 |
| 月報1999年8月号“牧師室から” |
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