|
「会堂建築へ・・・」
|
| 「それは今から12年前の2月のある夜のことでした。私たちが教会のロビーで聖書研究会をしていると、そこに一人の日本人牧師がやってきました。そして、その夜、彼は、建物の鍵をその手に、『ここで日本語の礼拝をしてください』との招きの言葉をその胸に、この建物を後にしたのでした・・・」 |
| 私たちがお借りしているザイオン・ルーテル教会の牧師であられたダニエル・ラインハイマー先生が、昨年秋、私共の礼拝の説教でお話しされたことです。 |
| 6月末にニュージャージー日本語キリスト教会は12年余の歴史の中で初めての不動産として牧師用住宅を取得しました。わたしたちにとってそれは一つのチャレンジであり、決して易しいことではありませんでした。しかし、12年の長きに渡って積み立てられてきた尊いご献金、多くの方々の篤い祈りによって、そして、神様の支えによってここまでやってきました。最後はペイントや私共一家と教会の備品の引越しにも、たくさんの方々が「できる人ができる時にできることを・・・」の原則で協力してくださって、無事済ませることができたこともとても感謝しています。何ヶ月にも渡って、時間を割いて具体的な物件にあたり議論を戦わせて下さった建築委員の方々に心から感謝しています。神様がお一人一人の熱い思いに報いてくださいますようにお祈りしております。 |
| 「主が家を建てられるのでなければ、家を建てる者の勤労はむなしい」
(詩篇127篇1節)
|
| 神様がここまで支えて導いてくださったことが大きな喜びです。 |
| 一仕事終わってほっと一息、というところかもしれませんが、これからは本格的に会堂建築に進んでいく時です。わたし達は今、今から100年前に数家族が集まって始まったザイオン・ルーテル教会の会堂を貸していただいています。この教会もはじめからこのような立派な会堂があったのではありません。教会が始まってから数年後に、今も教会の裏の坂道(East Pleasant Ave.)を1ブロック上に登った右側にある小さな建物を建築し使っていたのでした。今の教会も何度か建て増しをし、オルガンをささげ、現在の形となっています。わたし達はその会堂を日曜日の午後ジムやキッチン、オルガン、ロビー、教室をすべて含めて自由に使わせていただいています。けれどもわたし達はその陰に、ザイオン教会の方々、その100年の歴史の中で生きた多くの方々の払われた犠牲があったことを忘れてしまうことが多いのではないでしょうか?私たちはザイオン教会の方々が夢を語り合い、犠牲を払い、汗を流して建てあげた礼拝堂を、あまりにも「いつでも自分たちのもののように使えてあたりまえ」という感覚になっていないでしょうか? |
| もちろん、私たちの教会の第一の使命は「立派な会堂を自前で持つこと」ではありません。教会が「会堂建築」ということを、もっと大事なこと――神様の愛を具体的に伝えていくこと、あらわしていくこと――よりも大切にしてはなりません。教会の建物がなくても、人々が集まってくるところに教会があります。全世界を見ていくならば、立派な会堂なんかがないところでキリストのすばらしさが語られ、多くの人々がイエス・キリストを通して表された神の愛によって作り変えられている現実があちらこちらにあります。ある牧師が言うように「足がどこまで成長するかわからないうちに靴を決めてはいけない(つまり、教会がどこまで人数的に成長するかわからないうちに会堂を建てて、成長を制限してはいけない)」という考えにも一理あります。幸いアメリカでは学校や、現地教会の施設を借りる、ということが比較的易しくできます。 |
| 私たちはそれらのことを踏まえながら、自分たちの会堂について、夢を語り合い、それを現実のものとしていただくために神に祈り始めるときに来ているのではないでしょうか?そして、やがて私たちの会堂が建て上げられたときには、ザイオン教会の方々が私たちに示してくださったような愛を、周りの方々に示していくべきなのではないでしょうか? |
| 月報2000年8月号“牧師室から” |
|
|