『この一事のために』



1歳の息子を抱いて、家内と一緒にサンディエゴの空港に降り立ったのが1992年7月6日。乗り継ぎのためにサンノゼ空港に着く時に、そこに広がっている赤茶けた山をみて、「緑のない、とんでもない所に来てしまった」というのがそこの第一印象でした。その年の夏は「こんなのはサンディエゴではない!」と地元の人に言わせるほどに暑い夏で、エアコンのない家が40度にまでなって、ショッピングモールで涼しくなるまで過ごしました。そして、勉強といえば、渡米に備えて一生懸命準備したはずの英語が全然わからない、授業中に質問する他の学生たちが何を言っているかわからないけれども、何かすごいディスカッションをしているのだろうと、取り残されたような気になってしまっていました。それから12年、サンディエゴ、アトランタ、ニュージャージーと歩んで来ました。 振り返ってみると、本当に月日の経つのは早いなあ、と思います。でも、その中に、いくつかの節目節目がありました。サンディエゴからアトランタに移る時。アトランタの神学校に進みたくて、でも、それがなかなか道が開かれなかったのに、急展開で「来てみなさい」と手紙が来たこと。アトランタから、ニュージャージーに移る時。3つの大学院に願書を出して、毎日毎日郵便が届くのを楽しみにしながら、でも、それと共に怖くて、郵便が来る時間帯に家にいられなかったこと。そして、ニュージャージーの大学に入学が許されるのですが、それはどちらかというと不本意な道でした。でも、振り返ってみれば、自分にとって最高のところに導かれたんだと思います。そして、この教会の牧師として奉仕を始める時。それも自分の意志とは違う力によって導かれた時でした。 そんな歩みの中で、その中で何が一番喜びであり、楽しみであったかというならば、どこにいても、「人が、イエス・キリストを信じて、輝いて歩み始める」ということでした。一人の人が神を求め、キリストに救いを求め、教会の礼拝やいろいろな集まりに集まり始める、そして、その中から、イエスを救い主と信じて歩み始める人が起こされる。それに勝る喜びはありません。そして、その方々がいろいろな出来事の中でも、祈りつつそこを乗り越えて行かれる姿、それが大きな励ましです。 ですから、これからも私は新しい方々との出会いを求めて歩んでいきます。新しい方々が教会に来られることを待ち望んでいきます。これからももっともっとたくさんの方々に「イエスによる救いのすばらしさ」を伝えていきたいと思います。教会はクリスチャンのためだけのものではありません。新しい方々にイエスのことを知っていただくところです。是非、あなたも続けて教会にいらっしゃって下さい。また、私の方から出て行きたいと思います。どこかでお会いできますように。 「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ16:15)

(かきごおり:錦織 学)

月報2004年7月号より