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「キリストのからだの痛み」
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| 二月に続き、三月も私たちは教会のメンバーを天にお送りしました。今回は若いお母さんでした。アメリカ人の御主人と五歳と二歳の二人の子供達を遺して・・・。
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| 姉妹(教会では、一つの「家族」の一員として、メンバーのことをこう呼びます。今回はこの呼び方をここで使うことをお許しください)は数年前から教会に出入りされていました。年に数回お見かけするくらいでしたが、とても明るい、前向きな方でした。その姉妹が一昨年くらいから、毎週のように教会に来られるようになったので、一度自宅にお招きしてお話した時には、「子供たちもアメリカ人としてこれから歩んでいくし、子供たちのためにも、自分が聖書について学んでみなければ、と思って・・・」とおっしゃっていました。私も、それなら、ゆっくり学ばれれば、などと思っておりました。 |
| その姉妹がガンであることがわかったのは昨年の一一月の初め。知らせを受けて駆けつけた私に「私は泣かないって決めたんです」「子供たちのために闘います」と現実の厳しさに正面からぶつかっていこうと決心されたことを話してくださいました。翌日、病院へ向かう車の中で、私は「神様、今、一番大切なことを語らせてください。話をそらすのではなく、気休めの言葉を語るのではなく、聖書の語る一番大切なことをお話させてください。」そう祈っていました。その日、姉妹と話しながら、恐れ、不安、疑問、お聞きしながら、神様のこと、天国のこと、キリストの十字架の意味、等々をストレートに話させていただきました。姉妹はこの時を待っていたかのように「私も、神様を受け入れようと思っていたのです」と、イエス・キリストを心に受け入れるお祈りをされました。 |
| 初めは「洗礼式は病院で御主人立ち会いで」と考えていたのが、「自宅で家族と一緒に」「ぜひ教会で・・・」と希望が膨らみ、昨年の12月20日、4人の方々と共に、クリスマスを祝うために集まった100人を超える会衆の前で、洗礼を受けられました。その時の姉妹の祈りの言葉が忘れられません。「どうか、私よりももっと苦しんでいる方々をお助けください。」それからも、いつもおっしゃっていました。「私の夢は、何とか元気になって、病院でボランティアをすることです。今の私のように病気になって闘っている方々のそばにいて、少しでも助けることができたら・・・と思っているんです。病気になるまではそんなことは感じませんでしたが・・・。」 |
| 3月の21日と28日、2週続けて礼拝に来られました。日曜日に教会でお会いしていましたから、火曜日に「天に召されていかれた」と聞いても、全く信じられませんでした。姉妹は厳しい闘病を終え、天国で安らいでおられるのだ、と自分に言い聞かせながらも、御遺族のことを思うと、心の中は痛みでいっぱいでした。
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| 「もし一つの肢体が悩めば、他の肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、他の肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、一人一人はその肢体である。」
(コリント人への第一の手紙12章26〜27節)
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| 先日、我が家に遊びに来て、うちの子達と遊んでいる二人の子供達の姿が「あの甘えん坊達が、しっかりやってるじゃん」といじらしく見えました。しかしまた、確かに神様はこの子供たちに特別な助けを与えてくださっているな、と感じました。三週間たってやっとこう祈れるようになりました。「神様、姉妹の人生の最期、共に歩ませてくださってありがとうございます。姉妹を私たちの教会に与えてくださってありがとうございます。私たちが心に懸ける以上に、御遺族のことを心配してくださってありがとうございます。あなたが私たちの痛みをご存知であることを感謝します。」
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御遺族の上に神様からの慰めがありますように続けてお祈りください。
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月報1999年5月号“牧師室から”
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