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雪が少なく、全く手応えのなかった冬が終わり、短い春がやってきたなあ、と思ったら、いきなり摂氏で35度にもなる日があったり、そうかと思えば、それから一週間もしないうちに霜が降りたり・・・今年の4月のニュージャージーはジェットコースターのような気候でした。おかげでここ数日我が家の子供たちが朝一番に発する言葉は「今日は暑い?それとも寒い?」になってしまいました。さすがに何を着ようかと迷うようです。
でも、天気の話題で今一番心配なのは水不足。特にニュージャージー北部はかなり深刻な状態のようです。今から、洗車場以外での洗車禁止、芝生への水やり禁止などなど、いろいろな規制がなされています。十数年前の水不足の時には、一軒あたりの水の使用量が一日何ガロンと制限され、それ以上使った家は罰金を払わされるという大変な町もあったとか・・・。そうでもしないと「節水」のかけ声だけではどうにもならないのかも知れません。夏を前にして雨が降って欲しいなあと心から願います。
そんな中、自分の生活を見直してみると、やはり、いつの間にか大量消費社会の中で結構無駄をしているのではないかと気づかされます。水も熱いお湯も蛇口をひねるとそれだけで出てくる、それが当たり前。それなりに気をつけているつもりではいるのですが、それでも、歯磨きの時に水をコップに汲まずに、蛇口を開いたまま手に水を汲んで口をゆすいだり、シャワーも、体を洗っている時から、お湯を出しっぱなしだったり、どこまで使っても水が無限に出てくるような気分でいます。反省させられます。もし、自分が何キロも離れた井戸から汲んできた水だったら、こんなことはしないのにと思ったりします。この水不足を通して、神様はそんなわたしたちに「ほら、もうちょっと生活を見直してごらん」と語ってくれているのではないでしょうか?そして、こんなもんじゃない、「芝生が・・・」「車が・・・」どころではない、生きるか死ぬかというような干ばつで苦しんでいる国々があることを忘れてはならないと、警告を発しておられるのではないでしょうか?
聖書によると、神が世界を造られ、そして、そこに人間を造られた時に、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」と、神はこの地球の管理を人間に委ねられた、といいます。管理を任されて、責任を与えられたのです。わたしたちの勝手にできるものではなくて、管理を任されたものなのです。自分たちのために利用するよりも、治めていくべきものなのです。
十数年ぶりの水不足の今年、神が与えてくださった自然のありがたさを思うと共に、生活を見直してみる絶好のチャンスではないでしょうか?
(かきごおり:錦織 学)
月報2002年5月号より
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