3月12日に私たちの教会に、日本国際飢餓対策機構(以下JIFH、http://jifh.fhi.net/)の辻本清臣師ご夫妻がおいでくださいました。このJIFHは私たちが毎年イースターとサンクスギビングに「飢餓献金」を募ってお送りしている団体です。私がこの教会に集うようになって12年が経とうとしていますが、その間ずっと献金をお送りしてきたJIFHの関係者の方から直接お話を伺うことができたのは初めてのことでした。(当日の礼拝の中でのメッセージはwww.jccofnj.orgで聞くことができます。)
「もしも世界が100人の村だったら・・・」という話が4-5年前にはやりましたが、その中で語られていたように、私たちは世界のほとんどの人々よりも経済的に恵まれた生活をしています。ですから、私は、私たちの使命は「恵まれてたくさん与えられているものの中から、いくらかをお送りすること」だと思ってきました。「神様がたくさんのものを私たちに任せてくださっているのだから、それを、持っていない人々に分け与えることが大切だ」と思ってきたのです。でも、今回牧師でもある辻本師がお話下さったことでわかってきたのは、ただ、「モノやお金を送る」ことが大切なことなのではない、ということでした。もちろん、そのような働きも大切だけれども、経済力にものを言わせて、援助物資をどんどん送ってはいけない。それよりも、人のつながりの中で、現地の人々が自分たちの力で立ち上がることができるようにサポートすることの方がずっと大切なんだ、ということです。つまり「ひとづくり」が大切だということです。
聖書の中の使徒行伝3章に出てくるペテロの言葉を辻本師は引用してくださいました。
「金銀はわたしにはない、しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい!」
これはイエスの弟子であったペテロが、足が不自由で物乞いをするしかなかった男の人に、物欲しそうな目で見つめられた時に、彼に語った言葉です。彼はお金を期待した。でも、ペテロはそれ以上のもの、自分で立ち上がる力、自分で歩き始める力を与えたのです。
貧しい国の人々だけではない、私たちもこのメッセージを聞かなければならないのではないでしょうか?誰かが何かをしてくれる、助けてくれる、それを求めていくのではない、私たちも自分の足で立ち上がって歩いていくことが大切だ、その力を与えてくださる方がいる、神様が、キリストがその力を与えてくれる、そのように語られているのではないでしょうか?辻本師は実際にキリストに出会って、立ち上がった方々の実例をいくつかお話ししてくださいました。貧しい、厳しい状況の中にあって、キリストに出会った方々が、その地で、その厳しい状況の中で立ち上がって、周りに影響を与えていくような存在となっているというのです。
私たちは、程度の差はあれ、世界全体で見れば、経済的には恵まれた状況の中にいます。でも、そんな状況にあっても、やはり立ち上がれないほどの痛みを負ったり、悲しみを担ったりして歩んでいる方々もおられるでしょう。キリストは私たちに立ち上がる力を与えてくださいます。金銀ではどうにもならない問題にも癒しを与える力のあるお方です。是非、このキリストを求めて下さい。そして、その力をもらって立ち上がりましょう。
(錦織 学)
月報2006年4月号より
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