先月のニュースレターの「牧師室より」の模様替えをする時に感じた「荷物が多すぎないか」というメッセージにはいつも以上に多くの反響をいただきました。「同感です」というメッセージ、「紹介されていた本を読みたい」という声等々。そして、何と金纓先生ご本人からもメッセージをいただきました。金先生の本を私にプレゼントして下さった方が、ニュースレターをご本人にお送り下さり、それに対する応答として、メールを下さいました。ご本には入れられなかったそうですが、金先生が一番伝えたかったメッセージはこれだそうです。
「目に見える荷物だけでなく、人生にはいろいろ負わなければならない荷物がある。人間関係なども、出来るだけ軽くしたいと願っているが、なかなかできない。
『荷物は軽いほうがいい』と思う時に、人生の中で一番重い荷物は何かを考える。人によっていろいろ違うだろうが、やはり自分の罪の問題ではないだろうか。
良心的な人ほど、自分の罪や――罪が分からなければ弱さとか、人間の限界と思ってもいい――過ちを考えると、悩み苦しみ、後悔の念に満ちているのではないだろうか。その重い罪をイエス・キリストが代わりに背負って十字架で亡くなったことによって、赦してくださった。これがキリスト教の福音の一番のメッセージです。それだけではなく、復活されたキリストによって、新しいいのち、永遠のいのちが与えられた。なんとすばらしい福音でしょうか。だから罪赦されたキリスト者は、もっと軽やかに、感謝して生きてもいい。
韓国に比べて日本のキリスト者は誠実ではるが、罪赦された者の喜びと感謝が足りないような気がする。喜びと感謝を持って、軽やかに生きることによって、キリストを証していきたいと願っている。」
4月11日はイースターです。その直前の金曜日が「グッドフライデー」。イエスが十字架にかかった日です。今、評判になっている “The Passion of the Christ” はそのイエスが十字架にかけられた様子を、聖書と歴史研究を元にできる限り忠実に再現した映画です(ご興味のある方はご覧になる前に教会にお問い合わせ下さい。聖書の当該箇所を読んでからご覧になるとより深く意味が分かると思います)。あのイエスの十字架は私達の罪の身代わりでした。私達の罪を赦すために、イエスは自ら十字架に進んでいったのです。それはまた、私達への愛の現われでもあります。私達を愛するがゆえに、自分自身の身に私達の罪を背負われたのです。私自身、それを本当に深く知った時の喜び、そこまで愛されている事を知った時の心のはじけるような感謝を忘れられません。いや、今もその感謝、喜びによって生かされています。そして、それを少しでも分かち合いたい、そんな思いで牧師の働きをしています。
今年は子供のためのJOYJOYイースターが4月3日、そして、イースターの礼拝と愛餐会が11日です。是非、おいで下さい。お待ちしています。
(かきごおり:錦織 学)
月報2004年4月号より