|
「日本も捨てたもんじゃないゾ!」
|
| 2月の9日〜21日に「出張」という名目を頂いて(いやあ、この言葉を一度でいいから使ってみたかったんです・・・ハイ)日本を訪問し、多くの方々にお会いしてきました。3回の帰国者集会には合計30名の方々が集われ、2回の日曜礼拝では4名の方々にお会いし、個人的にお会いした方々15名、お電話で失礼した方々数名・・・と、こんなにもNJ日本語キリスト教会の関係の方々が日本におられるのか、こんなにたくさんの方々を日本にお送りしたのか、と私たちの教会の使命の大きさを実感した日本滞在でした。特に各帰国者集会では、私のことは皆さんご存知頂いていても、教会に来られていた時期がずれてお互いにお互いをご存知でなかったり、お互い知っていても、帰国後はお互い消息を知らなかったりで、よいネットワーク作りや励まし合いの機会になったのではないかと思います。このような機会を与えてくださった教会の皆さんと神様に感謝しています。今回残念ながらお会いできなかった方々、訪問できなかった地域の方々、申し訳ありません。次の機会に是非お会いしたいと思います。帰国された方々がNJの教会での日々を懐かしく思われるだけではなく、今自分の生かされている場で神様に仕えていかれることを心から願います。 |
「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」
(創世記28章16節)
|
| 今回の日本滞在の3日目に私の心に与えられた聖書の言葉です。日本にも神様がおられる。そんなあたりまえのことを今回実感として覚え、そして励まされてまいりました。 |
| ところで、私にとっては5年半ぶりの日本。帰る前には教会の皆さんに「浦島太郎だよ」「変わっているよ」「怖いよお」「電車乗れないよお」と脅かされて、戦々恐々の思いで日本の土を踏みました。10日(土)に着いて、翌日曜日は東村山の学院教会での礼拝です。東京は深川の実家から地下鉄東西線+西武新宿線に乗る私は朝からやたら興奮していました。「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、おじさんも、おばさんもみんな頭は茶髪で、携帯電話でお話かメール中」だと思い込んで、「さあピープルウォッチングするぞお」と意気込んで出かけました。ところが、そりゃちらほらと髪の毛の茶色い方もおられ、親指で一生懸命メール打っている若者もおり、厚底ブーツに「やまんば」みたいな女の子もおるにはおりましたが、話に聞いていたように「みんながみんな」という感じではありませんでした。まあ、10日間程度の滞在で何がわかる、ってところもあるかもしれませんが、私の知っているそのままの日本の国がそこにはありました。ほっとしました。 |
| そして、感じたことは、もしかしたら、注意していないとアメリカにいる時の方が「世界が狭くなってしまう」のではないか?ということでした。確かにアメリカに住むということは日本という小さな国から外に出て、異文化との出会いの経験をすることです。そこで視野を広げるチャンスもたくさんあります。けれども、英語でのコミュニケーションに限界を感じ、同じような環境にある方々との出会いが多く、日本にいる時よりも限られたところに閉じこもってしまうケースも多いと思います。 |
| そこで、NJ日本語キリスト教会だけが教会であるかのように感じてしまい易い私たちが「井の中の蛙」とならないように、そして、教会が、多くの方々が世界を広げるためにお役に立てるように(うーん、少し強引な展開かな?)、今年のレントの期間(4月15日のイースターまでのキリストの苦難を覚える7週間)の毎週金曜日夜は初めての試みとして、NJ・NY・CT地区の日本語教会・日系教会で働いておられる牧師をお一人ずつお迎えして「私にとっての十字架」というテーマでお話をお伺いします。初めての方々も大歓迎です。あなたの世界を広げる一歩となりますように・・・。 |
| 月報2001年3月号より |
|
|