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「プレッシャーも神さまの道具?」
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| ずーっとやりたいと思っていたことを、やっと始めることができそうです。それはインターネット上での聖書通読。 私たちの教会ではここ3年間、希望者が2月から12月まで11か月で聖書を読むプログラムに参加しています。1日3〜4章を決めて読んで、1週間に1回配られるプリントに、考えさせられたこと、心に留まった聖書の言葉、疑問などを書き込んで、牧師がそれを読んでコメントをつけて返す、というものです。今年は今までの経験からの反省で、「1年」ということにこだわらず(もちろんこだわりたい方はこだわって結構ですが・・・)、プリントも1週間に1枚ではなく、もう少しゆっくりのペースで、やることになりました。 そこで、今年チャレンジしたいのは、インターネットのHP上に、私自身が感じたこと、心に留まったことなどを毎日掲載していくということです。今まで「そんな毎日なんて大きなことを言って、途中で挫折したらどうする?」という思いで二の足を踏んでいたのですが、今年は思い切って始めようと思います。(あ〜あ、月報に載せてしまったら、もう後に戻れないぞお) |
| 実は、私は多少プレッシャーがないと物事が進んでいかない方です。この原稿も、「締め切りが今日中だ!」というプレッシャーがあるから、書けているわけで、そしてそのために聖書を開いたり、祈りをしたり、しているわけです。プレッシャーがなければ、書けないだろうと思うのです。ということはそのプレッシャーは考えようによってはとてもありがたいものなのです。 |
| 私の好きな聖書のストーリーに「創世記」の中のヤコブの物語があります。彼はお兄さんをだまし、お父さんをだまし、家を出て行きます。しかし、身を寄せたおじさんのところで今度は自分がだまされ、20年間おじさんに仕えますが、ある日、心を決めてお兄さんのところに帰って行きます。その隊列の前の方にお兄さん宛の贈り物を行かせ、何とかお兄さんに取り入ろうと考えます。いよいよ明日お兄さんに会うという前の晩、八方手をつくしたけれども安心できない彼は悩み苦しみ祈るのです。明日お兄さんに会う、というプレッシャーの中で、彼は神に向かわないではいられないのです。そして、「私を祝福してくださらないならばあなたを去らせません」と言うほど彼は必死に祈るのです。そして、その祈りの中で解決をいただいて、彼は翌朝、自ら一行の先頭に立ってお兄さんのところに進んでいくのです。 「追い詰められて神様の力を知る」という経験をしたのです。今年、毎日HPを更新していく中で、私はそういう経験をしたいなあ、と思っています。 |
| で、肝心のアドレスは http://home.earthlink.net/~mnishiko/biblereading2001/biblereading.html です。ちょっと長いですが・・・。教会のHPからもリンクがあります。まだ、チャットや書き込みは考えておりません。それから決してファンシーではない、あまり見栄えのしないサイトです。初心者+デザインの才能なし、ですから、あしからず。ご意見、ご感想、インターネットでの通読プログラムへの参加希望等はEメールでmnishiko@earthlink.netまで。 |
月報2001年2月号“牧師室から”
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