「踏み出すためには」



 2007年、JCCNJは大きな一歩を踏み出そうとしています。
 2006年11月の総会で、6月に、今まで19年間支えて下さってきているザイオン教会から新しい地に進んでいくことを前提とした予算を成立させました。それまでに購入資金と物件がすべて整えられて会堂が取得できるか、さもなければ、会堂取得まで一時的に礼拝場所を提供して下さる所を捜すことになります。旧約聖書に出てくるメ信仰の父モアブラハムが「行き先を知らないで出ていった」ように、私たちもあてがない中で、神様だけを頼りに進み出ようとしています。

 これは、11月号にも書きましたように、「この地域の日本語コミュニティーに影響を与えるような教会に」という「地の塩」「世の光」としての使命を果たすための一つのステップです。いつでも地域に向かって、日本語を使う方々に向かって開かれた教会となるためのステップです。

 9・11の後、一つのセミナーに出席していた時、その講師(自ら消防団員である牧師)の言われていたことが今も心に響いています。「多くの教会、多くの牧師が、このようなことに出会って、『何が出来るでしょうか』『どうしたら、人々に手をさしのべることができるでしょうか』と聞いてくる。でも、事件が起きてからでは遅すぎる。日常の中で、どのようにコミュニティーの中に入っているかが問われてくる。」ほんとうにそうだと思います。その様な働きをする使命を私たちは頂いていると思います。

 でも、このような時だからこそ、大切なことがあります。それは「地の塩」は塩気を失ってはならないということ、「世の光」は輝きを失ってはならないということです。教会にどんなに多くの方々が集うようになったとしても、どんなに立派な教会堂を持つようになったとしても、どんなに魅力的なプログラムを持っていても、教会の本質を失っていては始まりません。ですから、もう一度初心に返って、次のことをアピールしたいのです。

「わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである」(マタイ21:13)

 旧約聖書の中で神が語られた言葉であり、また新約聖書の中で語られたイエスの言葉でもあります。

 実は今から10年ほど前、JCCNJの牧師としての働きを始めた時、最初に手にした本が"Fresh Wind, Fresh Fire"(邦題「神よ。私の心に聖霊の火をともしてください」)というBrooklyn Tabernacleのジム・シンバラ師が書かれた本でした。崩壊寸前の教会で奉仕しながら、燃え尽きそうになった時に、「人々を祈りに招きなさい」との神の声を聞いて立ち上がった師の体験が書かれていたこの本に大きく心奮い立たせられて、師が言われている「祈りを中心とした教会形成」を目指してここまで来ました。それから10年、また今教会が大きく動こうとしている時に、その原点に帰っていくように導かれていると思います。

 社会に出て行くために、聖書の言葉と祈りを中心として教会の本質をしっかり固めていく、そんな1年となるようにと願っています。

(錦織 学)

月報2007年1月号より


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