明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
私たちの教会で共に歩み、2年ほど前に日本に帰国された中上祐子さんがCDを出されました。録音、編集、ジャケットのデザイン等にNJの教会のメンバー達が関わり、入っている曲はNJの教会ではおなじみの曲ばかり。共に祈り待ち望んでいた一枚です。そのタイトルは「chain reaction」。
中上さんのHP(www.yukonakaue.com) からそのタイトルに込めた思いをご紹介します。
『「何かが変わるはず 私から はじまる愛のChain Reaction」CDのタイトルでもあるこの曲にはたくさんの思いと祈りが詰まっています。
この曲が出来たのは2001年11月、あの悲惨な9.11、ニューヨークテロ事件の2ヶ月後でした。当時ハドソン川を隔てて30分くらいのところに住んでいた私は、すぐ近くで起こったこの惨事にいったい何が起こったのかわかりませんでしたが、ただあまりにもショックであったのを覚えています。
どうしてこのようなことが起こったのかが次第にわかってきた時、 私は思いました。 「あそこに憎しみの固まりが落ちたんだ。」と。憎しみがあのような大きな 力になってこの世界を覆いかぶそうとしている、そんな現実にただ呆然とするしかありませんでした。 私がどんなに大声で、「それは間違っている。」と叫んだところで、 また神様に祈ったところで、この広い世界から見ればこんなに小さな私に何が出来るのか..。
何も変わらない.....。
そんな中、ある日曜日の礼拝メッセージの中で一人の女子高校生の話を聞きました。彼女の名前はレイチェル・スコット。1999年の春にアメリカ、コロラド州デンバー郊外のコロンバイン高校で起こった銃乱射事件の犠牲者です。生前クリスチャンであった彼女が「わたしの倫理基準」という題でエッセイの宿題を書きました。 「正直であり、人の痛みがわかり、全ての人の中によいものを見出す」というのが彼女の倫理基準でした。そしてこう書いています。「私の基準はみんなのものとは全く違うかもしれない。私の基準なんて絶対に実現しないおとぎ話みたいなものだと思えるかもしれない、けれども、あなたから始めてみてください。そして、それがあなたの周りの人々の人生にどんな影響を与えるかを見てください。あなたは1つのchain reactionを始めることになるかもしれないのです。」
愛のChain Reactionー愛の連鎖....
何か大きな事をしようなんて思わなくていいんだ。
この小さな私のままでもいいんだ。
私に重苦しくのしかかっていた何かがすーっととれていき、感動で涙が止まりませんでした。レイチェルのように愛の鎖の一つにならせてほしい、そう強く思いました。
争い事や戦争は何も遠い国の出来事ではないのです。私たちの身近な人間関係の中にも、また自分自身の中にもその小さな小さな種があるのだと気付かされました。
「何かが変わるはず 私から....」
憎しみの連鎖ではなく、愛の連鎖がこの世界を覆って行きますように。そして神様御自身がその一つ一つの鎖を連ねてくださいますように。そんな祈りを持ちながら、歌を歌って行きたいです。』
このCDが私の手許に届いたちょうどその頃、一つの実際に起った話を聞きました。
タイのバンコクとその郊外には何カ所かスラムがあります。そのスラムの中に入っていって、伝道をしている日本人宣教師がおられました。その宣教師と知り合いになった一人の方が日本に帰った後、日本の教会の仲間に呼びかけて、そのスラムの教会に衣料を送ろうということになったそうです。日本から送られてきた衣料を受け取ったスラムの教会の皆さんは大喜びでした。そんなことが何年か続いた後に、スラムの教会の方々は思ったそうです。「私たちはこんなに与えられている。もう充分与えられている。教会の外の方々にもこの喜びを知ってもらいたい。」そして、今度はスラムの教会の方々は日本から衣料が送られてくるたびに、今度は教会に来たことのないスラムの仲間達にその衣料を分け与えていったそうです。ところが、そのスラムに地方から流れてきた方々がたくさんおられて、「バンコクはスラムでもまだモノがある方だ。地方はもっと貧しい」とその与えられた衣料を、今度は里帰りする時に故郷に持っていくようになったそうです。しかし、話はそこでは終わりませんでした。その話が日本の教会に伝わり、そして、スラムの教会の方々が、日本から送られてきた衣料を「晴れ着」として、「神様を礼拝する時には最高の服で行きたい!」と大切に着ておられる姿が報告された時に、日本の教会の方々は大きな衝撃を受けました。「自分達はどんな気持ちであの衣料を送ってきただろうか、不要になったもの、いらないものを送ってこなかっただろうか」 と自分の姿勢を悔い改めさせられたのです。「自分たちの心の闇、心の貧しさを見せつけられるような思いがした」といいます。そして、今では世界各地に「その地域の人々のために一番必要なもの」を送ろうという働きとして広がっているそうです。
まさにchain reactionの話だと思いました。それも、私から始まって周りの人に愛が広がっていく、ただそれだけのことではなくて、自分のところに何倍にもなって返ってくる、もっともっと深い意味を持って返ってくる、そういうものなのだなあ、と思いました。何が「愛」なのか、やはり実際のその様な経験の中で見えてくるものもたくさんあるのではないでしょうか?
愛のchain reactionを私たちも始めましょう。憎しみや、疑い、誤解や争いのchain reactionが皆さんの周りに広がっているならば、どうか、このニュースレターを受け取られたあなたが、そのchain reactionにピリオドを打ち、正反対のchain reactionを始められますように。
「神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。」
(ヨハネ第1の手紙4章11節)
(中上さんのCDのご購入につきましてはお知らせをご覧下さい)
月報2006年1月号より
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