「神に大きな事を求めよう」
 あけましておめでとうございます。
 昨年の12月9日に私達の礼拝で説教をしてくださったファロー宣教師の真摯な姿は私にとっては大きな衝撃でした。ファロー宣教師は18年間トルコで働いておられる宣教師です。ファロー先生が25年前にトルコの話を初めて聞かれた時には、トルコでは全人口5千万人のうち、クリスチャン人口は50人だったそうです。そして、先生や他の宣教師の方々の伝道で、今では2千人の人々がイエスに出会って、人生が造りかえられ、イエスを信じる者とされたそうです。そして、今ではトルコ人教会や、トルコ人牧師も生まれてきているようです。
 お話をお伺いしながら、テロの事件でわたしたちが知るようになったアフガニスタンのこともそうですが、わたしたちが余りにも自分達の周り以外の事を知らなさ過ぎる、ということを感じました。ああ、こう言う国もあるのだ、ということを思わされました。でも、本当のところは、遠くの国々の事だけではなく、本当に身近な自分達の周りの事さえ、あまりわかっていないのかもしれません。
 今、私達の教会では毎週60-70人程の者たちが集まって日本語で礼拝をささげています。それは五万人とも10万人とも言われる、私達の周りにいる日本語を使う方々、理解する方々のホンの一握りに過ぎません。そして、ここはアメリカであり、トルコのように教会に行く事に社会的な抵抗を感じるような所ではありません。実際、日本では教会に行くなんて考えられなかったが、アメリカだから教会に来れた、という例もたくさんあります。それだのに、わたしたちはこの程度で満足していていいのだろうか?と思うのです。
 私達の目標は自分達の教会を大きくするとか、たくさんの人数が集まって自己満足するとか、立派な教会堂を建てるとか、そういうことではありません。ただ、多くの人々にイエス・キリストの事を紹介したいのです。神様の愛を伝えたいのです。「あなた」というひとりの人を神がどれほど愛しておられるのか、それをできるだけ多くの方々に伝えたいのです。厳しい状況の中で働いておられるファロー宣教師のお話をお伺いしながら、自分達はこの恵まれた環境の中で、その使命が十分果たせているだろうか、その事を思わされたのです。
 「あなたの口を広くあけよ。わたしはそれを満たそう。」
(詩篇81篇10節)
 この言葉が、わたしの心に響いてきました。これは、神が昔イスラエルの人々に語った言葉でした。しかし、彼らはこの言葉を聞いても、神に求める事をせず、自分の力や、周囲の諸国の援助で何とかやっていこうとしました。そして、神の祝福を取り逃がしてしまうのです。
 わたしは弱い。けれども、わたしの信じている神は力のあるお方だ。だから、大きな事を神に期待して行こう。そう思わされました。教会の働き、ということでもそうですが、家庭生活でも、地域社会での歩みの中でも、神が助けてくださる事を大きく期待していきたいと思いました。
 この新しい年、神さまがどんなすばらしい事をして下さるか楽しみにしています。ハングリーな心をもって、歩んでいきたいと思います。
 今年もどうぞよろしくお願いします。
月報2002年1月号より