「天国のお話」

3月のある日、遅い主人の帰宅を待ちかねて、娘達と3人で夕食のテーブルを囲んでいた時のことである。8歳になる娘が、ちょっと思慮深げに「天国はどこにあるの?」と言い出した。学校で宇宙について勉強しているらしく、太陽系のほかにも同じような惑星がたくさんあって、宇宙はとてつもなく大きいという事を習ったと話してくれた。娘は、このとてつもなく大きい宇宙の何処まで行ったら、天国にたどり着けるのかと不安を感じたのであろうか?10歳になろうとする長女は、「やっとそういうこと考えるようになったの?」とでも言っているかのように、だまって彼女の顔を見ていた。

「天国はここだよ」と地図を見せるわけにもいかない。そこで私の方から娘達に聞いてみた。「あなた達は天国に行けるの?」 すると彼女達からはすかさず、「イエス様を信じているから行かれるよ!」とうれしい答えがかえってきた。ところが私が、“もう少し突っ込んだ質問してみようかな”と思っているうちに、何故かすぐに話題は“犬は天国に行けるか?”へと移ってしまった。

そういう話の本を読んだ事があるという。確かにそんなようなタイトルのアニメビデオの宣伝があったなあと思いながら、「じゃぁ、うちのJakeも天国に行けるんだ。時々悪い事するけど・・・。」と言ってみた。我が家の犬Jakeはお世辞にも頭のいい犬とは言えない。そんな彼(?)であっても、人の気を引くために、やってはいけないと分かっている事をやって怒られるという芸(?)を時々するのである。私がこう説明すると、長女は“そうそう”とうなずき、私が言わんとしている意味がわかっているかのごとく、「どうかなあ。」と答えた。

子供達の心にある天国のイメージとはどんなものなのだろうか? どうも犬には犬の、猫には猫の天国があるようである。どの天国に行っても、永遠に歳をとらないのは変わらないようだ。

でも一つだけ分からない事がある。天国に着いた時、私は何歳ぐらいでどんな体型でどんな顔付きをしているのだろうか? 肉体の命が尽きた時の状態で、ずっと天国に暮らす事に為るのだろうか? 確か天国では、痛みや苦しみ、悪や罪から全く解放され、自由になっているはずだけれど・・・。ああ主よ、願わくは、今から20年程前の私の外見(肉体)に、今から20年後に得られる知恵と霊の力が備わった状態で、私を迎えて下さい。

月報2001年8月号より


もどる