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「母の思い出」
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十数年前に、「お葬式」という映画がありました。実にコミカルに描かれていて、お葬式の暗さなんて感じられないものでした。「おもしろいけど、私の知っているお葬式、それとは違う」と思っていました。 |
私が生まれて初めて経験したお葬式は、母のお葬式でした。 |
昨日、母は病院で亡くなりました。私はベッドの横に立つ父と姉達の後ろにぽつんと立っていました。下の姉が急に大きな声で泣き出したとき、「あっ、お母さん死んじゃった」と思いました。 |
私は母が入院中、父と一緒に何度もお見舞いに行きました。でも、なかなか病室に入ろうとしませんでした。私はいつも廊下の隅や、非常階段のおどり場で遊んでいました。私は病院のベッドに寝ている母を見るのがとても恐かったのです。ある日、私は父に呼ばれ、病室に入っていきました。母は、「なおちゃん、りんごむいてあげようか・・・」と言いました。私が覚えている母が私に話しかけた最後の言葉です。私は、「いらない」と言って、また病室を出て行ってしまいました。私は病室の中を探検しながら、「大きなお部屋にはたくさんの人がいるのに、どうしてお母さんは小さいお部屋に一人でいるのかなあ、寂しくないのかなあ」と思っていました。 |
今に思えば、きっと母は、淋しかったのだと思います。私が最後までなつかなかったことが・・・。 |
8月ももうすぐ終わり、新学期が始まるというのに、私はまだ夏休みの宿題も終わっていません。それなのに昨日から、黒い服を着た人たちが出たり入ったりと、家の中はごった返しています。私の居場所がないのには困っていました。テレビを見ることもできず、部屋の隅でちょこんと一人で遊んでいるしかありませんでした。 |
「かわいそうに、まだ小さいから、お母さんの死が分からないのねえ」という大人達の話し声が聞こえてきました。 |
私は、「分かるよ、そんなこと」と心の中で呟いていました。 |
1年程前の私の誕生日に父が柴犬の子犬を買ってくれました。フワフワのその子犬を私はとても可愛がっていましたが、ある日、網を噛み切っていなくなってしまいました。私は毎日、「帰ってきて」と祈りながら、子犬の寝ていたダンボールの箱を見ていました。しばらくして父が「もう帰ってこないだろう。片付けるぞ」と言いました。私はもう少し待ってくれるように父に頼みました。そして子犬がいなくなって1ヶ月ほどたったある日、私が幼稚園から帰ると、ダンボールの中に子犬がいました。片目の周りに赤いマジックでいたずら書きをされ、足に怪我をして帰ってきたのです。わたしは泣きました。うれしかったことと、いったい誰がこんな酷いことをしたのかと思う悔しさとで、少し大きくなった子犬を抱きしめて泣きました。それから少しして、子犬はだんだんご飯を食べなくなりました。父は「変だ」と言い、医者に連れて行き見てもらいましたが、医者に「もう助からないよ」と言われました。私は泣きながら子犬を抱きかかえ、家に帰ってきました。次の日の朝、子犬は動かなくなっていました。私は冷たくなった子犬を抱いて泣きつづけました。父はダンボールに子犬の好きだった物を入れ、その中に子犬を寝かし、蓋をしました。その日は幼稚園を休み、父と二人でダンボールを持って海に行きました。茅ヶ崎の海は、鎌倉の海と違って波が荒々しくて、私はあまり好きではありません。でも父は「ここでないと子犬は帰れないよ」と言い、海に子犬の寝ているダンボールを流しました。私と父は、子犬が波にゆられていくのをずっと見ていました。 |
私は知っています。母がもう冷たいことを。だってあの子犬も冷たかったから。 |
私は知っています。母がもう硬くなってしまったことを。だってあの子犬も硬くなっていたから。そして、あの柩という物の中で寝ている母がその姿さえも、もうすぐなくなってしまうことも・・・。 |
お経が上がっている間、私がどうしていたか覚えていません。何を思っていたかも忘れています。 |
「なおちゃん、何処にいるの・・・。なおちゃん、お母さんにお別れして」と、私を呼ぶ声が聞こえました。私は「お母さん行っちゃう」と思い急いで柩の前に行きました。しかし、もう柩の蓋は閉まり、石で釘を打ち付けていました。「カンカン」という音が私の耳に響いてきます。私の中で声にならない叫びが上がっています。 |
「会わせてよ、そのフタを開けてよ。もう一度お母さんに会わせて!」と・・・。 |
私はただ立ち尽くしたままその光景を見ていました。私の目の前を母の寝ている柩は運び出されました。私は姉の手に引かれ車に乗り、火葬場へと行きました。 |
火葬場がどういう所だったのか、私はよく覚えていません。思い出せることは、大きな木が1本立っていて、その下で、私と姉達は待っていたということだけです。上の姉は私に寄り添って黙っていました。私も黙っていました。そして、下の姉はずっと泣いていました。 |
大人達は本当によく動いていました。重苦しい中、誰一人として笑っている人もいませんでした。黒い服、手に持つ数珠、お経の声、お線香の匂い、そして大きな木の下で母が煙になって、天に昇って行くのをただ黙って姉達と見ていたこと、それが私の中に残っている、母のお葬式です。 |
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女がその乳飲み子を忘れて、
その腹の子をあわれまないことがあろうか。
たとえ彼らが忘れるようなことがあっても、
わたしはあなたを忘れることはない。
(イザヤ書49章15節)
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