「YESでもNOでもない答え」
 
お母さんが5歳の男の子をその緊急医療所に連れてきた。苦しそうな息をしている。彼女(医師)は、これは助からないと確信した。そこには最後の酸素ボンベがある。これを使ってしまったら、次はいつ手にはいるかわからない。何か月も後かもしれない。産まれたばかりの赤ちゃんに、チョット酸素をあげれば元気になって泣き出す。酸素ボンベを必要として、助かっていく人がいる。あなたがその医師なら、5歳のこの酸素を切るか、切らないか。
 
「国境なき医師団」は、1971年に誕生した、医師や看護婦が、戦争や災害で苦しむ世界中の人々を助ける国際的NGOです。民族、宗教、政治を超えた人道的援助の理念、そして危険を顧みず時には国境すら乗り越える行動力で知られている。貫戸朋子さんは、その国境なき医師団の初の日本人医師です。戦禍のスリランカやボスニヤで医療活動をしていたそうです。
 
彼女が「ようこそ先輩」という番組で、自分の後輩の小学生達に授業をした時、この問いかけをしました。子供達は、「切る派」と「切らない派」に分かれて討論していきます。「ぼくが医者だったら、助からないと思っても助けることに全力を尽くしたい。」「酸素は大切だから1人助けるより10人助けたい。」「見殺しなんてできない。自分がその母親だったら絶対助けて欲しい。」「その子は見捨てられたのではなく他の人を助けたのだから、その子の死は無駄にはならない。」子供達は真っ赤になりながら討論していました。実際その医師達には、冷静で、迅速な判断が要求されます。いつまでも悩んではいられません。でも悩まずにはいられません。答えはYESでもNOでもないのです。
 
またこんな問いかけもしました。自分が医師ならそんな環境のところへ行こうと思うか?これに生徒達の意見は真二つに分かれました。「医者としては偉いと思うけど、自分は自分の人生を安全なところで楽しみたい。」「自分の命を守ってこそ、他人の命を救える。」「つらい境遇に陥ってしまった人々、本当に自分を必要としてくれる人々のために働くことは、医者だったらそれが本望だと思う。」子供達はまた夢中になって主張します。貫戸さんは言います。「自分がやりたいと思って、自分で決めたことだからたとえそこで死んでも後悔なんてしない。困っている人と一緒にいるとき、自分が幸せを感じる。そこに喜びがある。」のだと。
 
働きは種々あるが、すべてのものの中に働いて全てのことをなさる神は、同じである。
(コリント第1 12章6節)

月報2001年4月号より


もどる