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「姪に贈る言葉」
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私には4人の姪がいるが、3人目の姪が半月程私のところに滞在して帰国した。就職したら勿論、もっと学年が進めば休めなくなるからと私が招待したのである。自分の子供を持たない私は姪たちの成長を見ることがひとつの楽しみである。育てる苦労をしていない私の楽しみは、文字どおり楽しみである。帰国の折り何度も会っているにもかかわらず、19年前渡米前日に弟の2人の娘たちと撮った写真が、以来ずうっと私の書斎の棚においてあるので、今成長した彼女たちに会ってもどうもその幼い映像と重なってしまう。特に12年前に父を亡くしたこの2人の成長を見ることは楽しみ以上の特別の感慨がある。 |
今回渡米した下の姪は私の離日当時4歳で、10メートルも走れば呼吸困難を起こすような虚弱児だった。そのことを言うと、「今は10キロメートルのマラソンにも参加できる」などと言う。大学院生の彼女はニューヨーク観光の理由のみで長い休みを教授に願い出るのは気が引けたらしく、彼女の専攻している分子生物学の領域では名の知れた「伯母の勤めている会社を見学して来ます。」と言ってきたという。予期しないこの姪の願い出には驚いたが、この「Student Scientist」 は、面倒な手続きもなく会社に「Visitor」として受け入れられたのみでなく、特別にセミナーまでしてもらい、教授に報告するに十分な学術的学びもした。彼女は一人でいくつかの美術館、ブロードウエイショウもひとつならず、その他の観光も計画どおり全部こなした。2日だけだったが初めての教会(JCCNJ)の礼拝にも出席した。 |
お互いにゆっくりと話をする暇もなかったが、私と同じような専門職を持って生きて行こうとするこの姪の人生に役立つ忠告をしたいと思った。遺伝子工学とか分子生物学とかあるいはその後現われてくるだろう新しい技術も予想されて、ともかく恐ろしいとしか言いようのない技術革新と情報の洪水の中に、否応無しに置かれるこの世代を痛ましくさえ思う。情報の洪水に足をすくわれることなく生きていって欲しいと思う。そのためには学生時代には基礎をしっかり勉強すること、基礎ができていれば応用はできて行くものなどと語った。言い足りない思いがあったがそれ以上のことを語る時間もないままに日は過ぎた。 |
姪の出発の朝、私は愚かにもジョージワシントンブリッジに向かう国道80号線の交通渋滞をそれほどひどいとは思わずに家を出た。JALのシャトルバスの出発点に1時間かかって着いたらバスは既に出ていた。 結局私は予定していなかったジョン・F・ケネディー空港までのドライブをして姪を送った。その日は大変な交通渋滞が続き2,3の交通事故などもあり、飛行機の出発時間までに着けないかもしれない可能性が大きかった。正直のところ私はあせっていた。自分の信仰を疑った。信仰を持たない姪が冷静沈着に「一番大切なことは安全に帰ることだから。」と言って何者かにゆだねきった態度である。この様な状況下で、「主よこれはあなたの戦いです」と祈ったある牧師の祈りを思い出した。「主よあなたにお委ねいたします。主よこれをあなたの戦いにして下さい。」と思わず祈った。そのあと不思議と私は姪に言い足りなかったことが何であったかに思い至った。 |
技術革新や情報の洪水に飲み込まれないで、挫折することなく生き生きと生きて行く道を見つけてほしい。技術や学問の場で挫折しないためには、その基礎をしっかりと学んで発展の基になる根の部分をしっかりとはっておくこと。挫折しない人生を生きるためにはもっとも大切な魂の根をどこに張るかが問題、尽きない命のもとであるイエス・キリストの言葉につながってほしい。 「この水を飲む者はだれでも、また渇くであろう。しかし私が与える水を飲む者は、いつまでも、渇くことがないばかりか、私が与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」(ヨハネ 4章14節)というみ言葉に姪は深くうなずいた。 |
JALの出発ターミナルについたのは飛行機の出発20分前で、辛くもチェックインを終えてやさしく手を振ってゲートに向かう彼女の姿がまた4歳の女の子の姿と重なってみえた。 |
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