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「子育て」
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今年の6月、梅雨時期の不快指数の高い日本へ一時帰国した時に、とてもさわやかなそして良い思い出となった事がありました。旧知の牧師ご夫妻ご長男の結婚式に参加させて戴けたことでした。 |
日曜日の礼拝を終えたその午後、結婚式は同じ会堂で教会副牧師の司式で始まりました。まだ20代であられた頃から存じ上げている副牧師が、落ち着いて式を進めていかれるその成長振りにまず嬉しさと逞しさを感じ、このような情熱を持った多くの若い先生方によってリードされて行く日本の教会でのリバイバルも夢では無く、もうそこに来ているのかと思わされます。厳粛な中にもとても親しみを感じる式が滞り無く終わりますと、出席者はそのままその席に留まり、何とその会場に一度退場された新郎新婦が再入場して、直ぐにチャペルでの披露宴。この斬新なアイデア、式に出席された全ての方が直ぐに喜びを分かち合い、生まれたばかりのカップルが、新しい生活をまさにスタートさせる緊張感と感激に参加できる形式に驚かされました。何人かの方々のスピーチ、そして音楽による祝福、さらにウエディングケーキのカットへと進み、いよいよ新郎から両親への感謝と出席者への挨拶が始まった時、新郎の過ごされたここまでの歩みが頭に浮かびました。 |
牧師の家庭の長男として生まれ、教会の中で育ってきた彼が、中学時代から親の意にはそぐわない行動をしてきたのを聞き知っていただけに、素晴らしい伴侶に出会い、二人で神学校へ進学する姿に目に熱くなるものを感じます。誰がこの素晴らしい姿を想像する事ができたでしょうか?親に反発し、教会に背を向けて過ごして来たその彼が、今両親に向かって今まで苦労をかけてきた事を悔い、謝られた言葉を聞き、牧師夫妻は大粒の涙を流しているものと思いそちらに目を移しますと、そこには涙顔でなく、お二人の輝いた笑顔が飛び込んできました。神様の働きを信じて祈ってここまで来られたお二人の信仰を目の当りにした思いでした。この日が来る事をもう何年も前から知って居られ、平常心でご長男の一言一言をお聞きになっておられるご夫妻に、神様に寄り頼む子育ての真髄を見せて戴けました。 |
自分の成長の過程(これは自分が成人して子供を持って初めて記す事が出来るのですが)を振り返っても、又、自分の子供を育ててきた経験からも、子育ての難しさを感じます。「親の思うように子供は育ってくれない」という思いは世界中の親の共通した悩みでは無いでしょうか。人生の意味も解らず、親に反発して生きる事が当たり前といった子供が多くないでしょうか?自分の子を思う気持ちが何で伝わらないのかと思われた事は無いでしょうか?自分の子育ての過程で、こうすれば良かった、ああすれば良かったと思わされた事が何と多くあった事でしょう。 |
しかしこの結婚式に参列させて戴いて、「神第一」の生活を日々過ごしていく時、その時その時にはいろいろな疑問や反省が生まれるものの、神様は全てをご存知で、そのご計画の中で私を育て、そして同時に子供をも育てて下さっている事を実感できました。 |
礼拝の中で、集会や聖書の学びの中で、多くのメッセージを神様から戴きますが、このような機会を通して神様は、現実に今も生きて働いていてくださる事を再度示して下さった、自分の目で確かめさせて下さった思いを強く持ちました。 |
神様の目から見れば、まだまだ自分も成長過程にあり、子供の部類かも知れません。親子の関係は無くなる事はありませんから、自分の子育ても子供が成人したこれからも続いて行く事になります。そしてその後には「孫育て」も加わることでしょう。「神第一」の生活を守って行く時、それは自分だけでなく、必ず子孫に伝えられ、神様はあふれる祝福で必ず満たして下さると信じています。
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