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最近、とても嬉しいことがありました。
8月で3歳になる我が家の息子が教会の賛美デビューを果たしたのです。賛美デビューと言っても、ソロで唄うわけでなし、聖歌隊の衣装を着けて前に出たわけでなし、ただ、他のお子さんと一緒に壇上に上がって歌を唄っただけなのですが、それが、私たち夫婦にとっては心踊る出来事でした。
賛美デビューの最初のチャンスが訪れたのは、去年のクリスマスでした。教会のクリスマス会のために、日曜学校に通う幼稚科の生徒は振り付きの歌を習いました。息子は、お星さまやらくだなど、自分の知っている単語が出てくる歌に喜び、家でも車の中でも好んで口ずさみました。
さて、クリスマス会の当日です。待ちに待った子供の晴れ姿をビデオとカメラに収めようと意気込んで参加しました。開会の挨拶や何やらあって、いよいよ出番です。ところが、息子は何だかぐずぐずして主人にべったり張りついたままです。「行っておいで」と息子を促すと「イヤだ、イヤだ」の一点張りで、しまいには張りさけんばかりの声を上げて泣き出しました。結局、賛美デビューはおろか、クリスマス会に参加することさえ諦めて帰宅したのですが、「どうしてうちの息子は、こう本番に弱いのか」とがっかりしたのでした。
そして、2度目のチャンスです。今度は母の日にちなみ、教会ソングの替え歌を唄うことになっていました。練習に何回か出席した息子はいつも一人前の顔をしていましたが、まだ歌詞を上手に言えるほど言葉が達者ではありません。もっぱら“口パク”で大きなお兄ちゃんやお姉さんが唄うのに合わせ、自分の知っている“ハレルヤ”の部分だけは嬉しそうに唄うのでした。
母の日の当日、私と主人は「本番になったらダメだろうね」と前科者の息子に期待をしていませんでした。ところが、いざ、歌を披露する段になると、ぞろぞろ前へ出て行くお友達に自分もついて行こうとします。「あれれ」と思っているうちに壇上に上がり、歌が始まると息子は練習の時と同じ調子で首を振りながら楽しそうに唄うではありませんか。それどころか、練習の時よりも口を大きく開けて、お得意の「ハレルヤ!」に差しかかると自信に満ちた表情で元気一杯声を出しています。そばに付き添っていた私は弾む心を抑えられず、親バカもいいところですが、息子の姿しか目に入りませんでした。ビデオカメラを回していた主人も、きっと同じだったことでしょう。なんとも嬉しい驚きで、その夜さっそくビデオの録画を再生し、子供の姿を飽きることなく眺めました。
その日、たくさんの方々に誉められて嬉しかったのでしょうか、息子は最近、遊びながら歌を口ずさむことが多くなりました。音楽は国境や言語を超えたコミュニケーション手段ですから、息子が音楽好きに育ってくれているのを微笑ましく思います。キーボードをたしなむ主人は尚のことのようです。でも、私がさらに嬉しいのは、息子が教会ソングを好んで唄ってくれることです。
その昔、私が強く教会に惹かれたのは教会の賛美歌やプレイズ・ソングが素晴らしいからでした。大人になってからというもの、大きな声を出して歌を唄う機会などありませんでした。それが、教会へ来て唄ってみると、なんだかとても開放された気分になります。教会へ通ったことのなかった私にも馴染みのあるメロディーが多く、いつしか、家でも教会ソングを口ずさむようになっていました。そして、幼い頃から教会へ通い、たくさん教会ソングを知っている人を羨ましく思ったのでした。
だから今、こうして息子が自然と教会ソングに慣れ親しんでくれていることがとても嬉しいのです。賛美は力です。嬉しい時も悲しい時も、主に向かって歌を唄うと力が身体にみなぎります。中には聖書のフレーズがそのまま歌詞になっているものもあります。神様の言葉をメロディーに乗せてこの身に蓄えられるなんて、なんて贅沢なことでしょう。教会ソングの蓄えは、いつでも大きな励ましに変わります。すばらしい賛美の力にハレルヤ!です。
えが増えることでしょう。
月報2002年10月号より
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