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シカゴからニュージャージーに引っ越して来てから2年が過ぎました。
当時は会社の買収によりシカゴに日本人は2人も必要なしということで、買収された側の社員だった私が、配転されて来ました。一度はその屈辱感に会社を辞めて、日本に帰ることも考えましたが、ニュージャージーという場所に、いやいやながらも主からの導きを強く感じ、「この地に私たち家族への新たな神様の計画があるんだ。」と思い、気を取り直してやってきたことを懐かしく思い出されます。以来、神様の計画って何だろうとそれを探しながら、過ごしてきましたが、最近、少しそれを垣間見させていただいたような気がしました。
ことしから任期3年の教会役員のひとりに加わり、この地において主の御用の一端を担なわせていただくことになりました。「もしかして、これが神様の御計画ですか?」と思いつつ、「でも神様、私たち家族はあと1年ちょっとでこの地を去らなければならないのですよ、3年なんてとても全うすることができません。」とつぶやきのような祈りをしました。その約10日後、神様はこの小さなつぶやき兼祈りに、大胆なみわざをもって応えてくださりました。
ある朝、上司に呼ばれ、このような質問をされました、「あなたのビザを2004年まで延長しますが、本人に異存はありませんか?」私は驚きながらも「異存ありません。」と答えました。
今年に入り、アメリカの不況対策として、会社が大幅に組織変更し、日本人駐在員の数も2人から1人にされることとなりました。実は上記の質問には会社のそのような計画が裏に隠されていた訳です。私にとっては、うれしい知らせではありましたが、その反面、移動を言い渡された同僚の気持ちを察します。それは、まさに私の2年前のことを思い出させたからです。今、気落ちしているその方に、残る立場として声を掛ける言葉は何も見つかりませんが、是非、神様のはかりごとは全ての方に益となることを知ってもらいたいと思います。それは、単に物理的なことだけでなく、2年前の苦しみを通して、私にその方の痛みをともにおぼえる気持ちを与えてくださったように。
神様の御計画は所詮私たち人間には理解できないものなのではないでしょうか。それは時を越えて、場所を越えて、そして人間の目からみえる次元を超えて計画されているから。 人間にはそのひとつもこえられない。それを知ろうとすること自体が私たちの罪から来る傲慢なのかも知れません。今回のことを通して、そのような気持ちになりました。ただ同時に神様のご計画は、たとえわからなくても必ずその結果は信頼に値するものであるという確信をもいただきました。いずれにせよ、あと3年余り、何が待っているのかわかりませんが、これからはその計画を探すのではなく、ただ主を信頼して歩み、その結果を見させていただく日々としたいと思います。
(ジョー)
月報2002年4月号より
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